つむぎの日 (記念日 1月5日)

つむぎの日
制定年
1978年(昭和53年)
制定者
鹿児島県名瀬市(現:奄美市)
日付の由来
名瀬市の成人式開催日に因む
大島紬の歴史
約1300年(13世紀頃から染色の記録)
ピーク生産量
約44万反(1973年)
世界的評価
世界三大織物のひとつ(ゴブラン織・ペルシャ絨毯と並ぶ)

フランスのゴブラン織、イランのペルシャ絨毯と並び、世界三大織物に数えられる大島紬。その産地である奄美大島では、毎年1月20日を「つむぎの日」として、市民がこぞって紬を着用する取り組みが行われています。1978年(昭和53年)に鹿児島県名瀬市(現:奄美市)が制定したもので、大島紬への認識を深め、その振興によって豊かな街づくりを推進することを目的としています。日付は、名瀬市がこの日に成人式を行っていた慣習に由来します。

大島紬の歴史は約1300年にさかのぼります。奄美大島では13世紀頃から古代染色が行われていたと伝えられており、江戸時代初期には真綿から紡いだ手紡ぎ糸を植物染料で染め、地機(いざりばた)で織った布を島民が自家用として着用していました。ところが1720年(享保5年)頃、薩摩藩が「紬着用禁止令」を発布。以降、大島紬は薩摩藩への貢物として生産されるようになり、島外へと広まっていきます。

現在の大島紬を象徴するのが「泥染め」の技法です。テーチ木(車輪梅)の煮汁で糸を染め、奄美の田んぼの泥に浸して揉み込む工程を何度も繰り返すことで、独特の漆黒色が生まれます。農作業後に田んぼに置き忘れた着物が漆黒に染まっていたという偶然の発見が起源とも伝わっており、奄美の自然と人の暮らしが生んだ技術です。手で紡いだ絹糸を使った手織りの平織で、軽くて暖かく、しわになりにくく、光沢を抑えた気品ある艶が特徴です。かつて奄美の基幹産業として地域経済を支えてきた大島紬ですが、生活様式の洋装化とともに生産量は大幅に減少しています。ピーク時の1973年(昭和48年)には年間約44万反もの生産量を誇りましたが、現在は大幅に落ち込んでいます。「つむぎの日」は、こうした背景の中で地域が紬の文化を次世代へ伝え続けるための、象徴的な取り組みのひとつです。

1月5日のカレンダー情報

六曜 先負
吉日 神吉日、大明日、天恩日
月齢 16.1

1月の二十四節気・雑節

  • 小寒(しょうかん) 1月5日(月)
  • 大寒(だいかん) 1月20日(火)
  • 冬の土用(どよう) 1月17日(土)