世界一周記念日 (記念日 3月6日)

世界一周記念日
就航日
1967年(昭和42年)3月6日
廃止年
1972年(昭和47年)12月
運航機材
ダグラス DC-8型機
運航頻度
週2便
料金の目安
ヨーロッパ16日間旅行で67万5,000円
歴史的意義
日本・アジアの航空会社として初の世界一周定期路線

アジアの空に、ひとつの大きな足跡が刻まれたのは1967年3月6日のことでした。日本航空が世界一周西回り路線の営業を開始し、日本はもちろんアジアの航空会社として初めて、地球を一周する定期便を飛ばす国となったのです。小雨の羽田空港を12時30分に出発した第1便は、ダグラスDC-8型機に乗客を乗せ、遠い欧米の空へと向かいました。

この路線が実現するまでには、長い交渉の歴史がありました。戦後の日米航空協定により、日本の航空会社は大西洋横断路線——つまりニューヨークからヨーロッパへ飛ぶ「以遠権」を長らく持てませんでした。日本航空は1965年の日米航空交渉でついにニューヨーク乗り入れとヨーロッパへの以遠権を勝ち取り、それが世界一周路線開設への道を開きました。当時は欧米の大手航空会社がすでに世界一周路線を持っていましたが、アジアの航空会社にとってはまったく前例のない挑戦でした。路線は東京を起点に、香港・バンコク・ニューデリー・テヘラン・カイロ・ローマを経由し、フランクフルトまたはパリからロンドンへ。さらに大西洋を越えてニューヨーク・サンフランシスコ・ホノルルを経て再び東京へ戻る壮大なルートでした。途中降機を含むヨーロッパへの16日間の旅が67万5,000円という高額な料金設定からも、当時の「空の旅」がいかに特別な体験だったかが伝わってきます。週2便という運航頻度も、路線の希少性を際立たせていました。

しかし、この夢の路線は長くは続きませんでした。欧米の大手航空会社がしのぎを削る大西洋路線で、後発の日本航空が採算を維持するのは容易ではありませんでした。就航から3年が経過した1969年時点で、大西洋区間の座席利用率は3割未満という厳しい状況に陥っていました。追い打ちをかけるように1972年には連続する事故によってDC-8を3機失い、機材不足が深刻化。同年12月にニューヨーク—ロンドン間の大西洋線から撤退し、世界一周路線はわずか5年余りで幕を閉じることとなりました。

わずか5年間しか存在しなかったこの路線ですが、日本の航空史に残した意義は小さくありません。戦後の制約を乗り越えて実現したアジア初の世界一周定期便は、日本の航空技術と国際的な存在感を示す象徴でした。現在、日本に世界一周路線は存在しませんが、アライアンスを活用した乗り継ぎで世界一周旅行は可能となっています。この記念日は、空の開拓者たちが切り開いた時代に思いを馳せる日でもあります。

3月6日のカレンダー情報

六曜 赤口
吉日 神吉日、大明日、天恩日
月齢 16.6

3月の二十四節気・雑節

  • 啓蟄(けいちつ) 3月5日(木)
  • 春分(しゅんぶん) 3月20日(金)
  • 春の彼岸(ひがん)入り 3月17日(火)
  • 春の社日(しゃにち) 3月20日(金)