ラグビー国際試合記念日 (記念日 12月7日)
- 試合日
- 1901年12月7日
- 対戦相手
- YC&AC(横浜外国人クラブ)
- スコア
- 5対41(慶應義塾の敗北)
- 会場
- 横浜市中区矢口台
- 雪辱の試合
- 1908年 12対0で勝利
- 独自戦術
- セブンシステム(1908年)
1901年12月7日、横浜のYC&AC(横浜外国人クラブ)のグラウンドで試合の笛が鳴りました。慶應義塾のラグビー部員たちのうちラグビースパイクを持っていたのはわずか2人。体格も技術も大きく上回る相手に挑んだ結果、スコアは5対41でした。これが日本のラグビー史上初めての国際試合であり、「ラグビー国際試合記念日」の由来となっています。
ラグビーが日本に伝わったのは1899年のことです。慶應義塾に赴任したイギリス人教師エドワード・ブラムウェル・クラークが学生たちにラグビーを指導したのが起源とされています。クラークはルール説明にとどまらず、練習方法や試合の組み立て方まで丁寧に指導しました。慶應義塾の学生たちはその教えを熱心に習得し、横浜在留外国人との非公式な交流試合を通じて腕を磨きました。創部からわずか2年でYC&ACのグラウンドに立ったのは、その積み重ねの結果でした。ラグビースパイクが2足しかない状況でも試合に臨んだ気概が、この日を記念日たらしめています。
敗れた慶應義塾は研鑽を重ね、1908年に同じYC&ACと再戦します。このとき生み出された「セブンシステム」は、フォワードの連携と役割分担を体系化した独自戦術です。体格に恵まれなくても、動き方と連携を磨くことで局面を打開できるという発想です。結果は12対0。7年越しの雪辱を果たしただけでなく、体格差を戦術で埋めるアプローチは後年の日本ラグビーの戦い方にも通じる発想の原点となりました。外来スポーツを日本の視点で解釈し直した転換点として記憶されています。
2015年のワールドカップで南アフリカを下した「ブライトンの奇跡」、2019年自国大会でのベスト8進出と、日本代表は世界に名を刻んできました。5対41という歴史的な敗北から120年以上が経つ今も、12月7日は日本ラグビーの長い歩みの出発点として刻まれています。
12月7日の他の記念日
12月7日のカレンダー情報
12月の二十四節気・雑節
- 大雪(たいせつ) 12月7日(月)
- 冬至(とうじ) 12月22日(火)